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  「僕は、自由に憧れていた」 新聞工場バイトが、全くのゼロから始めて自由人になった話

周りと同じ勉強して、周りと同じように就職。そう思っていた僕はなんとなく「自由」に憧れていた。何か変えたくて始めたビジネスで3ヶ月後17万稼ぐ。6ヶ月後月収36万を超えて就活の波から脱出。20代で自由な日々を過ごす。

僕は人生変えるために福岡に来た。

前7時。

「ピピピッ、ピピピッ!」

聞きたくもない目覚ましの音。


今日も始まる1日が。


あなたは朝起きた時
何を思いますか?


「今日も来てしまった…」

僕はこうでした。


朝目覚めた時のブルーな
気持ちは今でも忘れはしません。


なぜブルーだったかって?


「毎日同じ事の繰り返し」

だったからです。


意味があるのかわからない
講義を何時間も受け、

熱も入らなくなった
部活動に行き、

安いものを探して
お腹を満たすだけの食事。

奴隷のように使われる
生活のためだけのアルバイト。


今日もなんとか生きたな。

耐えたなぁ。


そんな言葉が夜に
ポロっとでる。


僕の日々はそうだったんです。


自分の意思などない
ロボットのような、、、

水槽の中を漂う
金魚のような、、、

生きがいのかけらもない
ただの親不孝者。


お金もなければ
やりたいこともない。


お金がないのは
自分の家が貧乏だから。。。
…と。


このまま就職して
ズルズル何十年もまた
ロボットのように過ごすのかな。


小学生の頃は
なんだってできると思っていた。

「俺、プロ野球選手になる!」

と、先生や友達に
笑顔で宣言なんてしてたなあ。


あのころの屈託のない
笑顔はどこへ行ったんだろう。


つらい、悲しい、
できればずっと寝ていたい。
だれにも声なんて
かけて欲しくない。


==========

昔の僕はこうでした。


これは2015年5月の話です。


大学生として
楽しいのは楽しかったんです。


もちろん友達とは
飲みにも行くし、

たくさん遊んでいたし^^


ただ、少し思ったんです。


大学で得ているものって


「思い出」


しかない、という事に。


もちろん大事だったんです。


でも心はスッキリしなかったのが
当時の僕でした。

 

 

 

 

 

そこから何か変えるために
頑張り始めました。


少しは日々に変化が出るように
なってきています。


7:00に目をさますと、


ベランダで一杯のコーヒーを
飲みながら朝日を浴びる。


夏の朝は一年で
もっとも気持ちがいい。


家の横にある公園で
1日のスケジュールを
確認しながら散歩。


帰ってきたらシャワーを浴びて
服を着替えて戦闘モードに入る。


8:30に家の鍵を閉め、
博多駅周辺の空いてるカフェが
僕の仕事場^^


気分が変わったら
天神や中洲、なんなら
他県にも飛び出します(^^)


自分の人生を好きな様に
行きたい時にいける、
誰から拘束されるわけでもない。


何だってできる
ライフスタイルが僕の今です。


では色々飛び回って
何をしているかってところですが、


僕に場所は正直関係ないです。


・東京のアパレル店員のプロデュース

・関西にいるコンサル生の指導

・オンラインからの情報発信

・スクール運営の打ち合わせ


全部スマホやパソコンを
駆使して終わらせています。


そりゃ楽なものではありません。


ただ、毎日が本当に楽しくて
やっていれば勝手に時間が
過ぎていってしまう。


そんな感覚に近いです。


僕が相手するお客さんに
全力で向き合って
お客さんにとっての成功を
掴んでもらうことが


僕のやりがいです。


関西にいた頃は
もっと忙しい日々を
過ごしていました。


ただ、ここ福岡に来る際、
今までこなしていた仕事の
大半を捨ててやってきました。


なぜなのか。


それは、
福岡で出会う人たちと
もっと向き合える時間を
作りたいと考えたからです。


僕をきっかけに
人生を変える人を
何人作っていけるか


それは自分自身の
挑戦でもあるからです。


僕は昔、
最初に書いたような
何の刺激もない


自堕落な日々を過ごしていました。


そこから何か変えるため
頑張り始めました。


そして今の自分を作り上げました。


だから、次は僕があなたの
人生を変えるきっかけになります。


実際にたくさんの
人からお声がけを
いただいています。


イオンでアパレル店員として
働いている女の子。

 

博多で有名なラーメン屋
「一幸舎」で働く大学生。

 

一年留年して
福岡大学に通っている
男の子。

 

福岡で整体師として働く
20歳の女の子。

 

舞台女優を目指す
ハタチの女の子。

 

その他にも様々な方が
僕のもとに訪れています。


実際に僕の想いに共感し、
僕と一緒に夢を追いかけてくれる
仲間にも出会いました。


この嬉しさはどんな
嬉しい事にも代えがたい


素晴らしい気持ちです。


やる気も上がるし
全力で向き合ってやろう!
と気合も入ります。


僕はよく言う言葉を
思い出してみました。

==========

今の現状が嫌なら逃げろ、
ただし中途半端でなく全力で。

 

やりたいことがあるなら
できる自分になろう。

 

将来が不安なら
手段を見つけよう。

 

最後の最後は
自分を信じること。

 

全てを信じ切れたら
あとは俺に任せなさい。

==========

全て本気で
言っています。

そう、

僕はあなたの人生を
変えるために来た。


大げさに
言っているわけでは
ありません。


人の人生に向き合うことが
僕の本職なんですから。


ライフプランナーのような
リスクを考えて話をする
ことは一切やりません。


僕に人生設計はありません。


僕は日々出会う可能性のある
あなたと話す1時間で、
目標ややりたいことが
変わることもあります。


だから、


あなたの価値に
気づいてもらいたいのです。


僕はそのためなら
なんでもやろうと思っています。


好きな人と
自由なタイミングで
楽しくてワクワクしながら
仕事することです。


僕は今ほぼ1日1人でいます。


・自分にはやりたいことがある

・澤田涼平というものに興味をもった

・自分は実は自由に憧れている

・今の現状から抜け出したい

・なにも先が見えない

・人生ででっかいことがしたい


何だっていいと思います。


僕は超ヒマというわけでは
ありませんが、


「この気持ちぶつけたい!」


というあなたであれば
いくらでも時間をとって
お話をしたいと思っています。


あなたにとって
一番いい道を一緒になって


見つけたいと思います。
僕は超真剣に考えます。


走り書きにはなりましたが、
これが僕の想い、理念です。


いつも見てくれている
読者さんたち本当に
ありがとうございます^^


僕は初対面でも
涙流してでも向き合うくらい
人が大好きな人間です。


またあなたのお話
聞かせてください^^


==========

<プロフィール>

澤田涼平 

1994年4月30日生

大阪府東大阪市出身

私立PL学園高校では
軟式野球部として活動。
1年生からレギュラー獲得
3年生時、主将を経験。

神戸流通科学大学
スポーツ推薦で入学。
3年生時、主将を経験。

大学2年生、20歳のころ、
77歳だった祖父の死に際
「一生の後悔」があったことを知る。

そこから自分の目標を
「自分の人生を自由に過ごす」
ことを「やりたいこと」とし、

21歳の夏から
野球部での活動のかたわら
小さい規模からビジネスを開始。

3ヶ月後に収益化、
6ヶ月後にサラリーマンの収入を超える。

22歳の夏の今、
新たな拠点での活動を始め、
「福岡県」を選び、現在も活動中。


LINE : sawa5
Facebook:sawada ryohei

 

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